京都市の小学校4年生は、
社会科で琵琶湖疎水について
かなりくわしく学びます。
この工事がどれほど大変だったかということは、
純粋な小学生たちの心に焼印のごとく
しっかり刻みこまれるようで、
我が家の三男ですら、
「インクラインって言うのはな、・・・」
「たなべさくろうという人はな、・・・」
「シャフト方式っていうのはな、・・・」
などと得意げに説明するものだから、
えっなに??その高尚な単語の羅列はっ!と、ものすごくビックリしたものでした。
だって、この三男の頭の中、
普段はこんな感じですもの。
↓
なんじゃこりゃと思った方は
こちらのページへどうぞ。
話が逸れました。
田邉朔郎は、
工科大学校(現在の東大工学部)の卒論として、
「琵琶湖疎水工事計画」を書き上げたのですが、
これを目にした当時の京都府知事北垣国道が、
弱冠21歳のこの無名の学生を、
疎水建設という超大型プロジェクトの主任技師に、
抜擢します。
なんて太っ腹な北垣知事!
(田邉の卒論の草稿は近くの疎水記念館で
見ることができます。)
この田邉朔郎という人、
文句のつけようがないほど優秀な人ですが、
わたしが個人的に惹かれたのが、
京都で卒論のテーマを探すために、
東京から京都まで東海道を十日かけて、
歩いたというエピソード。
何だか好きになりそうです、
田邉さん・・。
蹴上のインクラインのそばに、
そんな田邉さんの銅像は立っています。

う〜む、なかなかりりしいイケメン君じゃないですか。
(この日は雨にぬれて泣いてるみたいで
気の毒でした。たなべさん。)
前置きが長くなりましたね。
今回のウォーキングはここからです。
インクラインから疎水ぞいに北へ歩いてみましょう

山手にあるこの遊歩道、
すぐそばの疎水のせせらぎや深い緑が
とても気持ちいいのですが、
ただひとつ難をいえば、とっても危険
だってこの写真の左側、
崖ですから! のぞきこむと、
5〜6メートル下に墓地らしきものが小さく見えており、
ちょっと足を滑らそうものなら、
おそらくノンストップで、
ザザザザ
ザザザザザザザザザザ・・・落ちますから、絶対!っていうか、年間何人かは必ず、
足滑らして落ちてる人いると思う。
この危険な道の先が有名な水路閣。
サスペンスドラマのロケでもよく使われてますよね。

あんなところやこんなところから、
ほら、
船越栄一郎や山村紅葉が出てきそうでしょ?
このあとは哲学の道を歩きます。

2キロほど歩くと銀閣寺の参道。
右へいけば銀閣寺、
左へ行けば白川通に出ます。
銀閣寺はまた次の機会に、
ということで、
白川通の手前にある食堂「大銀」でお昼ごはん。

実はわたし、
学生時代この近くに下宿してまして、
当時こちらのお店にも幾度となく通いました。
今回二十年ぶりにのれんをくぐることになろうとは。
しみじみ建物は改築されて昔の面影はありませんが、
家のごはん食べてるような懐かしくて飽きない味は
当時のままでちょっと感動。
しばしタイムスリップ。
おいしいご飯を食べたところで、
さらに足を北に伸ばして、
詩仙堂へ



詩仙堂といえば条件反射的に思いおこすのが、
高校1年生だった時のある日の国語の授業。
(今回は脱線してばかりでほんとにすみません)
その日の授業の内容は、
高名な音楽評論家の吉田秀和氏のエッセイで
そのタイトルが、
「詩仙堂で聴く風の音」
「詩仙堂の庭で風の音を聴いていると、
それがいつしかマーラーの音楽に変わった。」って確かそんな内容だったような気が・・
何ともいーかげんですみません。
そんな国語の授業中、となりの席の男子が、
教科書の吉田氏の顔写真にらくがきをして
吉田氏をベートーベンにしてたことと、
その時の国語の先生が大山のぶ代にそっくりだったこと、
この二つをセットで思い出してしまうんですよね、
どうしても・・
ところで、
詩仙堂の風の中にマーラーは聴こえたのかね?( ̄〜 ̄;)??絶えず鳴き続ける蝉の声と、
時折、
カッポンカッポンカッポン鹿おどしの音が響きわたります。
この鹿おどしの間隔がかなり
長い!
忘れた頃につぎのかっぽんが鳴る。
かっぽんが鳴ると、
「あ、そういえば、これが鳴るまで静かだったわ」
って、意識が過去にさかのぼりますよね。
ということは、
かっぽんの間隔が長ければ長いほど
それだけ長い空白の時間を、
聴く人に気づかせることができる。
ここの鹿おどしの音を聴いて、
わたしはそう思いました。
音の向こう側に静寂を感じる。ていう感じかなあ。
ああ、もううまく書けないっ!
こんな時こそ、あの吉田氏のエッセイ読めば、
もっと気の効いた書き方ができるんだろうけど。
あの隣のらくがき野郎のおかげで
当時はせっかくの内容もさっぱり頭に入んなかったよ。
ハアア・・ちなみにこれが鹿おどし(こちらでは僧都と呼ばれます)
通称かっぽん。

詩仙道から30分ほど歩くと曼殊院門跡へ到着。

こちらも山あいの小さなお寺です。
紅葉の名所として有名。
ところでこちらの曼殊院には、
幽霊の描かれた掛け軸があります。
供養のため大玄関のかたすみに、
順路から少し外れてひっそりと掛けられていて、
何も知らずにこの掛け軸の前を通りがかろうもんなら
「 ・・・!!」 流し目でじっとこちらを見つめている
幽霊と目があいますよ。
「こわいものって、
今も結構流行るでしょう。ゲゲゲの鬼太郎とか。
あんな感じで、昔は幽霊の掛け軸って
よく売れたらしいですよ。」
とにこやかに説明してくれたのは、
この掛け軸のそばにある売店のおねえさん。
なるほど・・。
ところで、
一日中ここにいてこわくないですか?
おねえさん。
曼殊院門跡は天台宗の寺院ですが、
建物といい庭のたたずまいといい
お寺というよりちょっとした離宮のよう。


それもそのはず、
造営されたのは良尚法親王という皇族で、
この方のお父上はあの桂離宮を造った方だそうですから。
狩野永徳やら探幽やら、日本史の教科書に
太字で出てくる人たちの描いた障壁画も
書院造の建物のあちらこちらで見ることができます。
何という贅沢なウォーキングでしょう。
ところで・・・
疎水で田邉朔郎を思い、
大銀で青春時代を思い、
詩仙堂で
らくがきとのぶ代先生吉田秀和ばりにマーラーを思い、
曼殊院で幽霊に出会い、
狩野派の障壁画を見て・・
今回のウォーキングのテーマって、
いったい
何・・・??? 行く先々であれやこれや物思いに耽って
そっちの方が長かったんじゃないのか、
わたし。
ということで
いろいろな場所を
いろいろな思いで
歩きました。 おしまい。
ああ、
何とも無理矢理・・・・
■蹴上(インクライン)10:40→ ■南禅寺水路閣11:20→ (哲学の道)→
■大銀(昼食)13:00→■詩仙堂14:30→■曼殊院16:00→
■市営地下鉄松ヶ崎駅17:00
11キロ:所要時間:6時間
タイトルそのまんま東国原英夫